犬は1万5000年〜3万年前から人間と共生し信頼関係を築いてきた、最良のパートナー。
近年、信頼し合う犬と飼い主の間では、見つめ合うことで人間の母子間と同じ神経反応が生じることが研究により明らかになりました。
愛犬に対する気持ちは、時に最良の友であり、また愛おしい我が子のよう。そして愛犬もまた、飼い主である私たちに向けて信頼や愛情を与えてくれます。
今回は、そんな人と犬との特別な絆を証明する、一つの研究をご紹介いたします。
別名『愛情ホルモン』オキシトシン
ここで焦点となる「オキシトシン」とは、脳の下垂体後葉から分泌されるペプチドホルモンです。
哺乳類が出産する際に分泌され子宮を収縮し分娩を促し、また赤ちゃんが乳首を吸うことで分泌され、母乳生成を促す作用があります。そのため長い間女性機能にのみ働きかけるホルモンであると思われていました。
しかし、近年オキシトシンは、男女間の愛情や信頼関係の構築・ストレス抑制作用があると判明し、別名『愛情ホルモン』と呼ばれ注目を集めるようになっています。
また、オキシトシンは社会行動に対する不安を抑制する作用があり、自閉症スペクトラムやうつ病をわずらう患者に投与することで症状改善が見られたという報告も話題を呼びました。
このようにオキシトシンは『愛情ホルモン』の名の通り、人と人との絆を構築し不安を抑制する役割を担ってくれます。そして、そのオキシトシンを介した絆の構築は、犬と飼い主の間にも見られることが分かったのです。
愛犬と見つめ合うとオキシトシン濃度が増加
「飼い主が愛犬を我が子のように大切に思う気持ち」。
それが一つの研究論文で科学的に証明されました。信頼し合った犬と飼い主の間では、見つめ合うことで双方のオキシトシン濃度が増加することが解き明かされたのです。
人間の新生児と母親は目と目を合わせることで信頼関係を構築することが分かっています。
一方、人以外の哺乳類で視線を介した絆の形成はほとんど報告されていませんでした。
通常野生動物にとって視線を合わせることは敵対的な意味を持つのです。
ところが、麻布大学獣医学部の菊水健史教授らによる研究論文で、愛犬と飼い主のアイコンタクトで人間の母子間と同じ神経反応が起こることが発表されました。
人の母子間と同じように、信頼関係の構築された飼い主と犬の間では見つめ合うことで双方のオキシトシン濃度が上がることが証明されたのです。
飼い主と愛犬、ふれあい前後でオキシトシンを計測
人と犬の間の視線を用いたコミュニケーションが、単にお互いの意図を理解することにとどまらず、絆の構築にも役立っているだろうという仮説の元に、この実験は行われました。
実験では、まず一般家庭犬とその飼い主55組を集め、まずは実験室で自由に愛犬と30分間交流してもらい、犬から始まる視線を用いたコミュニケーションの回数を記録しました。
この実験で視線のやりとりが多かったペアは13組、残りの42組はアイコンタクトがあまり認められませんでした。
交流前と後に犬と飼い主の尿をそれぞれ採取し、オキシトシン濃度を計測します。すると、視線を用いたコミュニケーションが上手にできていた13組のペアの尿中オキシトシン濃度は有意に上昇し、アイコンタクトの少なかった42組のペアでは濃度にほとんど変化が見られないという結果が出たのです。
また、飼い主側だけでなく、犬のオキシトシン濃度もまた、視線のやりとりで増加することが判明しました。
対照実験|愛犬と見つめ合わなかったらどうなる?
視線のやりとりで双方のオキシトシン濃度が上がったことを検証するため、上手に視線のやりとりができていた13組の愛犬・飼い主ペアで対照実験が行われました。
実験では13組のペアに、今度はなるべく犬の視線に応えないようにして30分間の交流時間を持ち、その前後で尿中オキシトシン濃度を計測します。
すると、前の実験で交流後にオキシトシン濃度が上がったペアであるのにも関わらず、アイコンタクトを避けた交流では尿中オキシトシン濃度に変化は見られないという結果が出たのです。
このことにより、飼い主が犬の視線に上手に答えることで、双方のオキシトシン濃度が上がり、その結果お互いの絆を強くすると結論づけられました。
愛犬の視線に気づいていますか?
『愛犬と視線を合わせることでオキシトシンが増やせるなら、アイコンタクトのトレーニングをすれば飼い主のオキシトシンを増やせるのでしょうか?』
研究論文を発表した後、教授の元に一般の飼い主からそのような質問が多く寄せられたそうです。
それに対して教授は、「あなたはお子さんとの絆を深めるために、毎日アイコンタクトを取るトレーニングをしてご褒美をあげますか?」と問いを返しています。
愛犬との絆を構築しお互いにオキシトシン濃度を高めるには、愛犬の視線に飼い主が応えることが大切なのです。
アイコンタクトのトレーニングでオキシトシンは増える?
飼い主が愛犬の視線に応えることが少ないと、愛犬は飼い主とアイコンタクトを取らなくなるのかもしれません。
先述の実験でオキシトシン濃度に変化がなかったペアの特徴として、飼い主が先に犬に指示を出す様子や、犬から視線を向けられても気づかないという様子が多く見られました。
一方、犬からの視線に飼い主が応えるというやりとりが見られるペアでは、オキシトシン濃度が上昇しています。
つまり、犬のアイコンタクトに飼い主が気づき応えることで、犬が飼い主を見つめる頻度が増えるという正のループができているのです。
ただし、アイコンタクトの頻度は犬種による差異が大きく、一般的に日本犬のようにオオカミに近い犬種ではアイコンタクトをあまり取らない傾向があります。
大事なのは犬の愛情に気づくこと
この実験から、飼い主と愛犬の絆は人間の母子間と同じく、アイコンタクトによるオキシトシン分泌で強まることが判明しました。
そして絆の形成には、愛犬をトレーニングすることではなく、飼い主が愛犬の視線に気づき、応えてあげることが大切なのです。
まとめ
犬と人は、アイコンタクトを通して双方のオキシトシン濃度を上げ、絆を強めて来ました。これは他の哺乳類には見られないことで、例えば幼少期から人に飼い慣らされたオオカミでさえ、視線を介したオキシトシン濃度の増加は見られません。
そしてオキシトシン濃度を上げるには、まずは飼い主が犬の愛情に気づき、応えてあげることが必要なのです。オキシトシンによって絆が形成された相手と過ごすことで、身体的・精神的な痛みが和らぎ、愛情に満ちた穏やかな生活を送ることができるのです。
犬は私たちにとって特別なパートナー。それは人と犬とが共生する過程で培ってきた進化でもあります。
そして愛犬とふれあうことで自らの幸福度をアップさせるには、まずは飼い主が愛犬にとって最良のパートナーとなるため、愛情を注ぎ不安を取り除いてあげることが大切なのではないでしょうか。