歯ブラシを見せた瞬間、愛犬が逃げていく。押さえつけて口をこじ開けたら、翌日からもっと嫌がるようになった——。犬の歯磨きでつまずく飼い主さんの多くが、この「いきなり歯ブラシ」で失敗しています。
犬の歯磨きは、磨く技術より「慣らす順番」が9割です。口元を触る練習から歯ブラシまで、6つのステップを1〜2週間ずつ進めれば、ほとんどの犬は受け入れてくれるようになります。
この記事では、犬の歯磨きの正しいやり方を、嫌がる原因・6ステップの慣らし方・磨き方のコツ・頻度・NG行為・受診の目安まで具体的な数値とともに解説します。
犬に歯磨きは本当に必要?3歳以上の約8割が歯周病
結論から言えば、歯磨きは「できればやったほうがいいケア」ではなく、寿命に関わる予防医療です。
日本の獣医療では、3歳以上の犬の約80%が歯周病または歯周病予備軍とされています。小型犬に限れば、10歳までに約90%で歯周病所見が見られるという報告もあります。犬は人と違って虫歯にはなりにくい一方、歯周病には極めてなりやすい動物です。
歯周病は口の中だけの問題では終わらない
アニコム損害保険が0〜18歳の犬11万6,786頭を分析した結果では、歯周病などの口腔トラブルを持つ犬は、健康な犬に比べて翌年の傷病罹患率が次のように上昇していました。
| 疾患 | 口腔トラブルがある犬の罹患リスク |
|---|---|
| すべての傷病 | 1.4倍 |
| 心臓病 | 1.7倍 |
| 腎臓病 | 3.5倍 |
歯周ポケットで増えた細菌が血流に乗り、心臓・腎臓・肝臓に影響を及ぼすと考えられています。腎臓病が3.5倍というのは、無視できない数字です。
歯垢は24時間、歯石は3〜5日でできる
WSAVA(世界小動物獣医師会)の「Global Dental Guidelines」(2020年)によれば、歯の表面のバイオフィルム(歯垢)は約24時間で形成されます。そして放置された歯垢は、犬ではおよそ3〜5日で石灰化して歯石になります。人の場合は約20日かかるとされており、犬は歯石化のスピードが圧倒的に速いのです。
歯石になると歯ブラシでは落とせません。ここが「毎日の歯磨きが必要」と言われる根拠です。歯石まで進んだ場合の対処は犬の歯石を放置する危険|原因・症状と除去方法・費用の目安で詳しく解説しています。
犬が歯磨きを嫌がる5つの原因

やり方に入る前に、なぜ嫌がるのかを潰しておきます。原因が残ったままステップを進めても、途中で必ず止まります。
原因1:いきなり歯ブラシを口に入れている
最も多い失敗です。犬にとって口を触られるのは本来苦手な行為で、そこに硬い異物が入れば「歯磨き=怖いこと」と1回で学習します。一度ついた苦手意識を消すには、最初から慣らすより長い時間がかかります。
原因2:普段からマズルをつかんで叱っている
叱るときに口先(マズル)をつかむ習慣があると、「口を触られる=叱られる」という記憶が定着します。歯磨きの練習と並行して、マズルをつかむ叱り方はやめましょう。
原因3:乾いた歯ブラシが痛い
乾いたナイロン毛は歯茎を擦って痛みを与えます。歯ブラシは必ず水か犬用歯磨きジェルで湿らせてから使ってください。
原因4:力が強すぎる/当て方が悪い
目安は「桃の皮を傷つけない程度」の力加減です。ゴシゴシ磨くと歯肉を傷つけ、出血して余計に嫌がります。
原因5:すでに口の中が痛い
歯周病が進んでいる、歯が折れている、口内炎があるといったケースです。軽く触れただけで痛がる・出血する場合は、練習を中断して動物病院で口腔内をチェックしてもらってください。痛みがある状態で練習を続けても、嫌悪感が強まるだけです。
犬の歯磨きのやり方|6ステップの慣らし方
ここからが本題です。1ステップにつき1〜2週間かけ、犬が完全に平気になってから次へ進みます。全ステップで共通する鉄則は「できた瞬間にほめて、すぐごほうびを渡す」ことです。
1回の練習時間は1〜2分以内。嫌がる前にやめるのがコツです。
STEP1:口元にタッチする(1〜2週間)
まずは口の中に入らず、外側から。手のひらにドライフードを握り込み、片手からごほうびを食べさせながら、もう一方の手で口の周りをそっと触ります。
- 1回のタッチは1〜2秒から
- 触れたらすぐ「おりこう」とほめてごほうび
- 1日3〜5回、食後やリラックスタイムに
- 顔をそむける・体を引く様子があれば、その日はそこで終了
合格ライン:ごほうびなしでも口元を10秒触らせてくれる。
STEP2:唇をめくって歯と歯茎を見る(1〜2週間)
「オスワリ」「マテ」をさせた状態で、片手で唇をそっとめくります。口は閉じたままで構いません。前歯→犬歯→奥歯の順に、見える範囲を少しずつ広げていきます。
最初は1〜2秒。慣れたら5秒、10秒と延ばします。合格ライン:上下すべての歯を抵抗なく見せてくれる。
STEP3:指で歯と歯茎をなでる(1〜2週間)
指にガーゼか犬用歯磨きシートを巻き、歯と歯茎の境目を軽くなでます。前歯から始め、慣れたら奥歯へ。指を奥まで入れるときは、噛まれないよう犬の様子を見ながら進めてください。
合格ライン:奥歯までシートでなでても嫌がらない。

STEP4:歯ブラシを「好きなもの」にする(1週間)
ここが多くの記事で抜けている、最も重要なステップです。まだ磨きません。
歯ブラシを持った手に、特別においしいごほうび(チーズ、ささみなど普段は出さないもの)を握ります。歯ブラシを見せ、犬が見た瞬間にごほうびを与える。これを1日5回ほど繰り返します。
合格ライン:歯ブラシを見せると、しっぽを振って近寄ってくる。ここまで来れば残りは一気に進みます。
STEP5:歯ブラシを歯に当てる(1〜2週間)
歯ブラシを水か犬用歯磨きジェルで湿らせ、歯と歯茎の境目にそっと1秒当てて、すぐごほうび。当てる場所を前歯・犬歯・奥歯と変えながら繰り返します。まだ動かしません。
STEP6:歯ブラシを動かして磨く
最初は1本磨くごとにごほうび。1日で全部の歯を磨こうとせず、「今日は右上だけ」「明日は左上」と分割して構いません。少しずつ磨ける範囲を広げていきます。
正しい磨き方|45度・優先すべき歯・力加減
犬の永久歯は全部で42本(乳歯は28本)あります。すべてを完璧に磨くのは現実的ではないので、優先順位をつけましょう。
歯ブラシの持ち方と角度
- 持ち方:鉛筆を持つように、軽く握る(グーで握ると力が入りすぎる)
- 角度:歯に対して45度に当て、毛先を歯と歯茎の隙間に入れる
- 動かし方:数ミリ幅で小刻みに振動させる。往復で大きく擦らない
- 力加減:桃の皮を傷つけない程度(およそ100〜150g、指で押して爪が白くならない強さ)
優先して磨くべき4カ所
歯垢・歯石が最も付きやすいのは、次の歯です。時間がない日はここだけでも磨いてください。
| 優先度 | 場所 | 理由 |
|---|---|---|
| 1 | 上顎の第四前臼歯(裂肉歯) | 唾液腺の開口部が近く、最も歯石が付きやすい大きな奥歯 |
| 2 | 下顎の第一後臼歯 | 上顎第四前臼歯とかみ合う奥歯。同じく歯石の好発部位 |
| 3 | 上下の犬歯 | 面積が大きく、歯茎の後退が起きやすい |
| 4 | 歯の外側(頬側)全体 | 舌が届かないため汚れが残りやすい |
内側(舌側)は舌の動きである程度きれいに保たれるため、優先度は低めです。まずは外側を確実に磨きましょう。
歯磨きの頻度は?毎日が理想、最低でも2日に1回
結論は「毎日」です。ただし、頻度には根拠のあるボーダーラインがあります。
Harveyら(2015年)が犬の歯磨き頻度を比較した研究では、毎日または1日おきの歯磨きは歯肉の健康維持に有効だった一方、週1回以下では歯垢・歯肉炎の抑制が不十分という結果でした。前述のとおり歯垢は約24時間で形成され、3〜5日で歯石化します。
| 頻度 | 評価 |
|---|---|
| 毎日 | ◎ 理想。歯垢を歯石になる前に確実に除去できる |
| 1日おき(週3〜4回) | ○ 実用的な最低ライン |
| 週1〜2回 | △ 歯石の蓄積を防ぎきれない |
| 月数回 | × 予防効果はほぼ期待できない |
「毎日全部の歯」を目指すと続きません。1日1〜2分、部位を分けて毎日のほうが、週末に10分かけるより効果的です。
やってはいけない5つのNG
- 人間用の歯磨き粉を使う:キシリトールやフッ素が含まれる製品があります。犬はうがいができず飲み込むため、必ず犬用を使ってください。特にキシリトールは犬で低血糖や肝障害を起こす中毒物質です。
- 押さえつけて無理やり磨く:「暴れれば終わる」と学習させるだけでなく、歯磨き自体を恐怖の対象にします。
- 嫌がってからやめる:嫌がる前にやめるのが正解です。嫌がった後に中断すると、抵抗行動が強化されます。
- 歯ブラシを噛ませたままにする:噛んだ部分の歯垢は落ちますが、大部分の歯は磨けません。噛みそうになったら「あっ」と声をかけてすぐ取り上げます。
- 乳歯の生え変わり期に強く磨く:生後4〜7カ月頃は歯茎が赤く腫れて敏感です。この時期は口を触る練習にとどめ、強い刺激は避けます。
歯ブラシがどうしても無理な場合の代替ケア
代替グッズは「歯ブラシの完全な代わり」にはなりませんが、何もしないよりは確実に有効です。効果の高い順に並べます。
| 方法 | 歯垢除去効果 | 使いどころ・注意点 |
|---|---|---|
| 歯磨きシート・ガーゼ | 中〜高 | 歯ブラシの前段階として最適。歯周ポケットの中までは届かない |
| 綿棒 | 中 | 小型犬向き。噛みちぎって飲み込まないよう必ず手で保持する |
| 歯磨きジェル・液体デンタルケア | 低〜中 | 単独では不十分。ブラッシングと併用してこそ効果が出る |
| デンタルガム | 低〜中 | 丸飲みしないサイズを選び、必ず目を離さない。カロリーは1日の10%以内に |
| デンタルおもちゃ | 低 | 当たらない歯には効果なし。細菌繁殖を防ぐためこまめに洗浄する |
デンタルガムを使う場合、おやつとしてのカロリー管理も忘れずに。犬のおやつおすすめの選び方|無添加・低カロリーの3基準と体重別の上限早見表で体重別の上限を確認できます。
なお、無麻酔の歯石取りは歯茎の内側や歯周ポケットを処置できず、表面だけを削って見た目を整える処置になりがちです。歯周病の本質的な治療にはならないうえ、器具で歯や歯肉を傷つけるリスクもあります。獣医師以外が行う無麻酔処置は慎重に判断してください。
動物病院を受診すべきサイン

次の症状がある場合、家庭のケアだけでは対応できません。
当日〜翌日に受診
- 顔の片側(特に目の下)が腫れている、皮膚が破れて膿が出ている
- 口を痛がって開けられない、食べ物を口からポロポロ落とす
- 血の混じったよだれが続く
- ごはんを食べたそうにするのに食べられない
目の下の腫れは、上顎第四前臼歯の歯根膿瘍(根尖膿瘍)の典型的なサインです。抜歯や外科処置が必要になることが多く、放置すると穴が開いて排膿します。食欲の変化については犬の食欲がない|夏に多い原因と受診すべきサイン・対処法もあわせてご確認ください。
1〜2週間以内に相談
- 口臭が明らかに強くなった(生ゴミのようなにおい)
- 歯茎が赤く腫れている、歯ブラシを当てると出血する
- 茶色〜黄色の歯石が歯の1/3以上に付いている
- 歯がぐらついている、抜けた
- 片側だけで噛んでいる、硬いものを避けるようになった
歯石が付着してしまった場合、除去は全身麻酔下でのスケーリングが基本です。費用は犬のサイズや処置内容によりますが、麻酔・検査を含めて3〜7万円程度が目安になります。抜歯が加わればさらに費用は上がります。年1回の口腔チェックを健康診断に組み込んでおくと安心です。
子犬・老犬の歯磨きはどうする?
子犬:生後2〜3カ月から「慣らす」ことが目的
乳歯28本は生後2〜3カ月で生えそろい、生後4〜6カ月頃から永久歯に生え変わり、生後7カ月〜1歳で42本の永久歯がそろいます。
乳歯はいずれ抜けますが、この時期の目的は「口を触られることに慣れさせる」ことです。生後6カ月以内に始めた犬は受け入れが早い傾向があります。しつけを始めるタイミングと同時にスタートしましょう。ただし生え変わり期は歯茎が敏感なので、STEP1〜2の口元タッチにとどめます。
老犬:まず口腔内の状態を確認してから
シニア犬では、すでに歯周病が進行していたり歯がぐらついていたりすることがあります。この状態で家庭で磨き始めると強い痛みを与えかねません。先に動物病院で口の中を診てもらい、必要な処置を済ませてからケアを始めてください。
また、口の痛みは食欲低下に直結します。シニア期の食事の考え方は老犬のごはん完全ガイド|シニア犬に必要な栄養と切り替え時期の目安で解説しています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 慣れるまでどれくらいかかりますか?
1ステップ1〜2週間として、6ステップでおおむね2〜3カ月が目安です。子犬なら1カ月程度で進むこともあります。すでに歯磨き嫌いになっている成犬は、半年かかるケースもあります。焦って進めるほど遠回りになるので、「今日は前歯だけ」で構いません。
Q2. 歯磨きガムだけではダメですか?
ガムだけですべての歯を健康に保つのは困難です。ガムは噛んだ面の歯垢は落としますが、歯と歯茎の境目や歯周ポケットには届きません。歯周病は歯茎との境目から始まるため、ブラッシングとの併用が前提になります。ガムは「補助」と位置づけてください。
Q3. 磨いていたら出血しました。やめるべきですか?
まずその日は中止してください。出血の原因は「力が強すぎる」か「すでに歯肉炎・歯周病がある」のどちらかです。力加減を桃の皮を傷つけない程度に落として再開し、それでも出血が続く・軽く触れただけで血が出る場合は、1〜2週間以内に動物病院で口腔内を診てもらいましょう。
Q4. 歯磨きは1日のうちいつやるのがいいですか?
散歩や遊びで発散した後の、落ち着いている時間帯がおすすめです。歯垢は食後から形成が進むため、夕食後〜就寝前の時間に組み込むと習慣化しやすくなります。逆に、興奮しているとき・遊びたがっているときは失敗しやすいので避けましょう。
Q5. 犬用の歯ブラシはどう選べばいいですか?
ヘッドの大きさが基準です。犬の上顎第四前臼歯(大きな奥歯)に無理なく届くサイズを選んでください。チワワやトイプードルなどの超小型犬は人間の乳児用歯ブラシや小型犬専用のコンパクトヘッド、中〜大型犬は通常サイズが目安です。毛は「やわらかめ」を選び、指サックタイプはステップの中間として有効です。チワワのような小型犬は歯の間隔が狭く歯周病リスクが高いため、より丁寧なケアが必要です。
Q6. 犬用歯磨き粉(ジェル)は必要ですか?
必須ではありません。歯垢を落とす主役はあくまで物理的なブラッシングです。ただし、チキン味やモルト味のジェルは「歯ブラシ=おいしい」という関連づけを作れるため、慣らし段階では大いに役立ちます。人間用の歯磨き粉は絶対に使わないでください。
まとめ|「磨く技術」より「慣らす順番」
- 3歳以上の犬の約8割が歯周病。歯垢は約24時間で形成され、3〜5日で歯石になる
- 慣らし方は6ステップ。1ステップ1〜2週間、1回1〜2分、嫌がる前にやめる
- STEP4「歯ブラシを好きにさせる」を飛ばさないことが成功の分かれ目
- 磨き方は45度・小刻み・桃の皮を傷つけない力加減。上顎第四前臼歯を最優先で
- 頻度は毎日が理想、最低でも1日おき。週1回以下では予防効果が不十分
- 目の下の腫れ・血の混じったよだれ・口を痛がるは当日〜翌日に受診
今日からできるのは、ごほうびを片手に、愛犬の口元を2秒だけ触ることです。そこから始めてください。
参考・出典
- Niemiec B. et al. 「World Small Animal Veterinary Association Global Dental Guidelines」Journal of Small Animal Practice, 2020
- Harvey C. et al. 「Effect of Frequency of Brushing Teeth on Plaque and Calculus Accumulation, and Gingivitis in Dogs」Journal of Veterinary Dentistry, 2015
- アニコム損害保険「犬の歯磨き方法!歯周病を予防するために。【獣医師監修】」
- 2019 AAHA Dental Care Guidelines for Dogs and Cats(American Animal Hospital Association)
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、獣医師による診断・治療の代替となるものではありません。愛犬の体調に異変を感じた場合は、速やかにかかりつけの獣医師にご相談ください。

